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中国:賄賂の横行と公権力の私的乱用・・アジア的汚濁

医者への謝礼「わいろと呼べぬ」 北京衛生局に批判集中

 レントゲン写真を眺めた医者が同僚に
 「私の診察では、この患者はまだ少なくとも
 800元(約1万2000円)は持っている」――。
 中国の国営新華社通信のネット版が最近、
 こんな一コマ漫画を掲載し、
 患者が医者に支払う謝礼「紅包」の横行を風刺した。
 北京市衛生局が8月初め、
 医者への謝礼はわいろにあたらないとの判断を示したからだ。

 中国では、より良い医療を受けるため
 患者が医者に謝礼を渡すのが慣習化。
 独立採算が原則の医療機関が
 謝礼の要求を医者に促して上前をはねる例も多く、批判がある。

 ところが、医療分野の腐敗問題に取り組む北京市衛生局の
 商業わいろ指導班の担当者が9日、
 「紅包を商業上のわいろと呼ぶのは不正確だ」と
 一部のメディアに発言。
 これを北京の大衆紙などが報じた。

 担当者は「謝礼を奨励しているわけではない」と釈明するが、
 謝礼の認知と受け取られかねない発言に批判が集中。
 大衆紙には「不正をただそうという風潮の中で
 危険な信号を発してしまった」といった読者の声が
 数多く寄せられている。

 共産党機関紙・人民日報が
 「商業上のわいろにはあたらないが、
 不正の気風でもある」との記事を掲載。
 なくす方向に努めるべきだとの立場を示すなど火消しに懸命だ。

   (asahi.com)


医者への謝礼に限らず、
この国の賄賂の風習はもはや常態と化している。

役人が平気で賄賂を要求し、
商取引でも賄賂・袖の下が横行する。
そしてそれに対して恥じる雰囲気もない。
下記のニュースをご覧あれ。


「陰の市場ルール」と認識=商業わいろ根絶に懐疑的-中国

 中国政府は商取引に絡むリベートや贈収賄など、
 「商業わいろ」の取り締まりを強化しているが、
 市民は「既に市場の隠れたルールになっている」として、
 その効果に極めて懐疑的なことが、
 最近の世論調査で明らかになった。
 中国青年報が21日伝えた。
 
 それによると、企業関係者らを対象に
 天津の南開大学などがアンケート調査を実施したところ、
 商取引の際のリベート、袖の下、接待、贈り物が
 「日常的に行われている」との回答が94%に上った。
 特に、政府当局者が許可証発給や監督・検査に当たって
 わいろを受け取るのはありふれたことだと大多数が答えた。
 
 また、約77%が商業わいろを「有効な営業手段」と考えており、
 取引先や監督部門との「潤滑油」と
 見なしていることが浮き彫りになった。
 このため商業わいろが根絶できるとみているのは9%にすぎず、
 約60%が「大きな効果は上げられない」と回答したという。 

   (時事通信)


これは中華人民共和国になってからではなく、
過去の王朝時代も全てそうだった。
日本的倫理観から見ると、
あの国の官界は汚職の巣窟のようなもの。

賄賂・贈賄・袖の下だけではなく、
公権力の私的乱用、
私的人脈を私的利害のために公権力に登用する。
こういうことを平気でやる。

かって、この風習は中国のみならず、
朝鮮においてもそうだった。
李朝の昔は賄賂が盛んであり、
血脈による登用も頻繁に行われた。

血脈による登用、
血脈を基準にした権力の私的乱用というと、
「昔はそんなもの。日本だって江戸時代は・・」
と思われる方がいるかもしれないが、
しかし、規模が全然違う。

中国・朝鮮の場合は、
一族の一人が政府の高官に出世すると、
一族の末端の数千から数万人クラスが
全て権力にぶら下がり、公金を吸い取る。
そしてそれが一族への立派な「孝」とされてきた。
過去の日本の「血脈」とはレベルが違う。

ただ、朝鮮においては日本統治時代の影響なのか、
この種の行為が悪いことだとの認識がなされるようになってきた。
実際に、現盧武鉉政権では
こういう血脈登用はあまり見あたらない。
その意味では「アジア的汚濁」から脱しつつあるのだろう。

しかし、中国は相変わらずこの状態。
これが悪いことだとの倫理観は育ちつつあるが、
現実の風習を駆逐するに至ってない。
中国政府高官の子弟は
おしなべて同じような高官として登用されるか、
どこぞの大企業の長に就任している。
それをやらなかったのは「朱鎔基」ぐらいなものか・・。

公権力や公金を私的血脈に流用することは当たり前のように行われ、
これらの甘い蜜を吸う子弟たちを中国では「太子党」と呼ぶ。

孔孟を輩出したこの国も
一歩、中にはいると「アジア的汚濁」のモデルケースのような国。
であるからこそ、孔孟のような
倫理を説く存在が必要だったのかもしれず、
かの両賢は生まれるべくして生まれてきたと言えようか。




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テーマ:中国問題 - ジャンル:政治・経済

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