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外務官僚の自縄自縛と「平和憲法病」・・正論7月号より

雑誌「正論」7月号を買ってきました。

いつもながらに良記事が満載で
巻頭の、筆坂秀世氏と佐藤優氏の異色対談、
「度し難きかな、共産党と外務官僚」は面白かったです。
非常にやばそうな話しがポンポンと飛び出てきて
一気に読みました。

それ以上に興味深かったのが
中西輝政教授が外務省の病的発想について書いた論文で、
「国益追求の使命を漂流させる『歪んだ歴史観』」
という文章です。

以下、一部引用します。


 国民が一貫して不信感を抱く外務省の問題は、
 一部の人間の「不祥事」というレベルに
 とどまるものではないことは言うまでもない。
 その背景にあるのは、
 近年霞ヶ関全体に広がりつつある奇妙な思考形態、
 かつての日本政府には
 一度として見られたことのなかった思想傾向に
 外務省も取り込まれてしまっているということである。

 その思想傾向を一言でいえば、
 昭和20年代前半にGHQによって植えつけられ、
 以降はマスコミや教育現場など
 各界に巣くった左翼によって育てられてきた、
 「戦後平和主義」的な意識である。

 1990年代初頭の若い頃の私は、
 日本外務省も関わって韓国で開かれた国際会議に
 出席したことがあった。
 「冷戦終焉後の国際秩序」がテーマで、
 私は、日本外交の戦略的な再編、
 今後日本に大きな脅威をなすのは中国であり、
 共産主義を捨て去ったロシアを中国とバランスさせる。
 つまりアメリカとの関係は維持しつつ、
 中露間に早めにクサビを打ち込むということを
 今後日本外交の一つの目標として
 長期戦略を考える必要があると訴えた。

 会議終了後、ある外務官僚が、
 「先生の考え方自体に私は抵抗を感じます」と
 思い余ったような風情で話しかけてきた。
 「日本の外交はそういうことを
 考えないことになっています」と言う。
 戦略を考えることを許されないというのである。

 私は彼の言葉を到底信じられず、
 韓国というような場で、私人とはいえ
 「本音」を語ったことがまずかったのか、と思い、
 他の高官らが集まった席で、
 私の発言は公開にふさわしくなかったのかと確認してみた。

 返ってきた返事はやはり、
 「日本人がそのような戦略的発想をすること自体がいけない」
 というものであった。
 日本の「平和外交の基軸」というものを
 踏まえる必要があるというものである。

 私は何も中国とロシアを
 戦争させるべきと言ったわけではない。
 しかし「勢力均衡(バランス・オブ・パワー)」という、
 世界中の国々が外交の基本とする戦略に則ることですら、
 日本外交に許されないのだ、
 と神妙な顔で「指弾」されたのである。

 その体験でわかったことは、
 外務官僚達の「諸国民の公平と正義に信頼し・・」という、
 憲法前文の精神へのストレートで表裏ない信奉ぶりである。

 それまで私は、自民党や霞ヶ関官僚は
 占領軍に押しつけられた憲法の
 一日も早い改正を願いながらも、
 左翼の反対が強いために果たせない現状に切歯扼腕しており、
 同時に憲法の押し付けや「東京裁判」の強行は
 明白にハーグ陸戦法規その他の国際法への
 明確な違反であることを
 最もよく知ってるはずの外務官僚たちだから、
 いつか戦後的な歴史観が克服される日を
 首を長くして待っているのだと思っていた。

 しかし、実態は全く違っていて、
 トータルに「戦後」というものを有り難く押し戴いて、
 それを何の留保もなく信じ込んでいたのである。

 外務官僚も知識人であるから、
 そのような国家は、理想社会を描いた小説の中ならともかく、
 厳しい国際社会の現実の中では
 独立国家として立ちゆかないということは
 わかっているはずである。

 ところが、そこから明確に一方踏み出し、
 国家としての主体性を発揮して外交戦略を考える、
 あるいは「勢力均衡」という戦略目標自体を
 口にすること自体を「危険思想」として捉えてしまうという、
 メンタリティーが形成されていたのである。

 それが昭和から平成へと
 時代が移った頃に「完成の域」に達し、
 外務官僚の頂点に立つ外交官達が、
 一斉に「日本はハンディキャップ国家であるべき」と
 唱え出すに至ったのである。

 この外務官僚の中に根づいた、
 「自己否定のメンタリティー」それ自体が、
 日本外交を自縄自縛に陥らせ、
 内心では誰も信じていない「ユートピアニズム」の
 大合唱へと導き、
 結局カネにまつわる利権にしか
 心をうごかすことがなくなっていったのである。

 このように非現実的な世界観に束縛されているが故に、
 外務省は、その意識が完成された「冷戦終焉期」とともに、
 現実社会への根本的不適応を起こしていた。
 それ故に、その後は何もやっても失敗し、
 一足早く戦後平和主義の呪縛から脱し始めた世論の
 強い批判を浴びたのである。

 さらに外務省にとって不幸なことに、
 「戦後平和主義外交」の手段として
 ODA外交、すなわち「ばら撒き外交」を進めてきたが故に、
 つねにカネにまつわる利権と過度に結びついてしまい、
 他の官庁に比べてもモラル面の堕落が
 深く進んでしまったことである。


以上です。

この論文はかなりの衝撃でした。
正直、そうとうのショックを受けました。

ここのところ外務省は
外交上の難局、特に対中外交において
いいところが何もありません。

先日の上海領事館での電信員の自殺事件の対応や
その前の瀋陽領事館での中国官憲による脱北家族の連行事件、
これらも対中外交の不手際そのものですが
ある意味、それは枝葉末節に過ぎません。

根本は、日本が営々とODAを供給し、
その発展を助け続けた中国が、
軍拡に狂奔し、日本に外交上の圧迫を加え、
東シナ海で日本の権益を侵す反日大国として成長したことです。

納税者として税金を払っている我々国民にとって
これほど馬鹿げた外交上の失策はないでしょう。
「戦略的失敗」そのものです。

これを推進してきた外務省、
中でも「中国専門家」と呼ばれるチャイナ・スクールの面々が
この路線を推し進めてきたわけですが、
かの一党独裁の反日大国が発展を遂げ続けることが
結果的に日本にとって脅威につながることを
何故、彼らは気づかなかったのか?
予測ができなかったのか?
(あるいは未だに気づいていないフシすら見受けられますが)

私はそれがずっと疑問でした。
ああいう素人でさえわかりそうな事柄を
何故、彼らは気づかないのか?
ODAの利権?
それも確かにあるでしょう。
でも、あの外務省の中国への入れ込みぶりは
とうていそれだけでは説明がつきません。
何か思想的、あるいは倫理的・精神的な背景があるのではないか?

この疑問が中西教授の上記論文で解けたような気がします。
「戦略を考えること自体を許さない」
「自縄自縛を良しとする」
これでは判断を誤るのは当然でしょう。
日本の外交当局は
「平和憲法教」に思想的に乗っ取られていたのですね。

しばしば、保守系人士は外務省の愚かさに憤り、
よく「そんな外務省なんか解体してしまえ!」と言います。
保守系ブログにおいては
「外務省解体」が慣用句と化した観があります。

外務省解体。
冗談でも慣用句としてでもなく、
本気でこれをやる必要があるのかもしれませんね。

私は何よりも「自縄自縛」という言葉が嫌いで、
これほど病的な心理構造はないと思っています。

いわゆる「戦後平和主義」というものは、
その本質を一言で言うならば
「自縄自縛主義」ということです。

憲法にて国権を過度に縛り、
平和主義という思想によって
発想の可能性や、戦略的思考を縛っています。

しばしば日本の政治家や官僚が
ダイナミックな国家戦略を発想できないのも
国際社会の現実というよりは
彼らの思考や発想の傾向性そのものが
彼らの世代が受けてきた戦後教育によって
思想的に自縄自縛されているからでしょう。

「自縄自縛」とは、
自らの思考を縛ることであり、
それが行動の縛りとなって現れ、
さらに、未来への可能性を縛ることにつながります。

戦後平和主義の教徒たる外務省。
この病弊はあまりにも根深く、
暗澹たる気持ちにさせられます。



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テーマ:外交 - ジャンル:政治・経済

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コメント

外交

というか、ODAばら撒きの外交はたいした戦略を必要とせず、楽で簡単、ぬるま湯状態、心地よい職場だと思います。昼はランチミーティング、夜はお呼ばれディナー。現地の各界一流の人との交流。日本経済力をすれば、そしてあまり自己主張しないこと(国益を重視しない)により、現地でさぞ大切にされたでしょう。こんな世界に長い間浸かっていたら思考力もにぶり、他に面倒なことをする気はなくなると思います。彼らは特権階級に属します。

そんなわけで、王毅大使には驚きました。外交は友好関係を構築するものと思っていたので、自国のイメージアップのためアメはつかっても、ムチは表で使わないと思ってました。やはり、アメとムチのバランスですかね。

ところでこのサイトお勧めいたします。民族主義的在日の方のサイトです。
http:://unikorea.parfait.ne.indexj.html

  • 2006/06/03(土) 01:42:54 |
  • URL |
  • バランス #-
  • [編集]

最終的には政治の問題かな

ODAも、真剣にやれば頭は使うんでしょうけど。
つまり対象国を国益を基準に絞って額を決めていく。
真面目にやればこういう処理手順が必要ですよね。

逆に不真面目にやれば
仰るとおり、無茶苦茶楽勝でしょう。

日本のODAの問題点は
政治レベルで費用対効果の検証をキッチリやれてないことです。
いくら外務官僚が無駄金使おうと
政治レベルで抑制してれば、
あんなアホな結果にはならなかったでしょう。
まあ、それ以前に政治家がODA利権にしがみついてたわけで、
抑制も検証もへったくれもありませんでしたけど・・。

王毅氏に限らず中国要人のスタンスは
マキャベリ風の
「親しまれるよりも、むしろ恐れられろ」ですから。

教えて頂いたサイト、読ませていただきます。
こっちのURLですよね↓ (^_^;)
http://unikorea.parfait.ne.jp/

  • 2006/06/03(土) 01:57:11 |
  • URL |
  • ケイ@管理人 #-
  • [編集]

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