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イラク歴史教科書:フセイン時代を削除・・国家と歴史の抹殺

フセイン時代は削除され「空白」 イラクの歴史教科書

 イラクの教育現場で、
 歴史をどう教えるかが大きな問題となっている。
 フセイン政権の崩壊後間もなく、
 敗戦直後の日本の「墨塗り」と同様に、
 教科書の一部が切り取られた。
 その後、宗派対立が悪化するなか、
 教育省は新たな指導要領を打ち出すことができず、
 現代史は教科書から削除され、「空白」の状態が続く。

 イラクの教科書は国定だ。
 戦争前は「アラブ民族主義」を掲げる、
 バース党イデオロギーに基づき、
 歴史教科書は68年のバース党政権の誕生や、
 79年のフセイン大統領就任を大きく扱った。

 国語(アラビア語)の教科書でも
 「尊く親愛なる我らのフセイン大統領よ、勇敢な騎士よ」
 といった詩が教材に使われた。

 政権崩壊と米軍の占領で、
 旧政権をたたえる内容は禁止された。
 03年はページを破るなどで対応し、
 04年からはこうした項目を削除した。
 現行の歴史教科書は王制の倒れた58年の革命で終わっており、
 子どもたちはその後の歴史を教科書から学ぶことができない。

 教育省は新しい指導要領と教科書をつくろうとしているが、
 作業は進んでいない。
 戦後、宗派や民族ごとの分断が深まっているためだ。

 アブドルハミド担当部長は
 「中立的な教科書を作りたいが、
 立場ごとに見解が異なる微妙な問題が多く難しい。
 新政府最大の課題の一つだ」と朝日新聞のイラク人助手に語る。

 宗派対立から宗派ごとの住み分けが進むなか、
 教育現場では教科書への不満が強まっている。
 教科書から離れて自派の視点を教える教師も増えている。

 「戦争の前は、どんな社会だったんですか」

 旧フセイン政権で中枢を占めたスンニ派の多い、
 バグダッド北部タミヤ地区。
 中学校の社会科教諭サミール・サルマニさん(45)は、
 教科書から消えた前政権時代のことを
 生徒に聞かれるたびに、こう答える。

 「昔の方がいいに決まっている。
 91年の湾岸戦争後は3カ月で電気が復旧した。
 今はどうだ。
 だれがイラクを壊したのか、よく考えなさい」

 サルマニさんは「教科書を変える必要はなかった。
 変えるなら、米軍への『抵抗戦士』の闘いの意義を教えるべきだ」。

 一方、前政権に抑圧されたシーア派居住区、
 サドルシティーの中学教諭ファイサル・アッバスさん(53)は
 「教科書には多数派であるシーア派の視点が少ない」
 と不満を募らせる。
 生徒には「テストにはこう書きなさい。
 でも事実は違う、と教えている」という。

 湾岸戦争後にクルド人が事実上の自治を得た北部では、
 クルド自治政府が学校を運営している。
 教科書は、フセイン時代を削除したものが出た04年まで、
 独自のものが使われていたという。

 教育省は「国家の統一を守る」として、
 国定教科書制度を維持する方針だ。
 ただ、自派に有利な内容に導こうという政党や武装勢力、
 宗教界などからの圧力も想定される。
 アブドルハミド部長は「外部の干渉」については
 「答えられない」と明言を避けた。

   (アサヒ・コム)


なんだか他人事とは思えませんね・・。

堂々たる歴史と文化を持ち、
一定の価値観のもとに構成されている世界の幾多の国家・民族は
世界史の攻防の中で侵略と被侵略の歴史を繰り返しつつも、
時の風雪に耐え、国家や民族の一体感を守り続けている。

ある時は滅び、ある時は占領軍の膝下に組み敷かれながらも、
一定の時が経てば不死鳥のように復活する。

結局、一定の価値観と文化的まとまりをもった民族・国家を
他者が意図的に抹殺してしまうのは難しいこと。

しかし、中国の古書に言う。
一国を滅ぼすには何が必要か?

 「歴史を抹殺すること」

さすれば国家・民族は滅ぶという。

国家・民族のアイデンティティは
古来から連なる文化と価値観の連続性であり、
そこには先人の智慧と汗と努力と、
そして栄光と悲惨が詰め込まれている。

これを抹殺すればいい。
さすれば国家・民族の一体感は失われる。
後には同種の顔つきの人間達が生息する、
中身は似て非なる国民・民族へと変容してしまう。

イラクは難しいです。
もともとはイギリスの中東植民地政策のもとで、
チョンチョンとカッターナイフで切るように
国境を切り分けて作られた人工国家。

イラクの教科書作成を手がける行政担当者が
最終的に直面する疑問。

 イラクって、そもそも何なの?

これ、でしょうね。
即ち、国家のアイデンティティをどこに置くかってこと。

歴史の教科書というのは
単なる歴史人物と年号の暗記本ではない。
そこにあるのは国家の理念の体現であり、
文化と価値観の後世への伝承である。

イラクとはそもそも何なのか?
この答えが見つからない限り、
あるいはスンニ派・シーア派・クルド人等の諸勢力の間で
国家理念の合意を得られない限りは
歴史教科書なんて書きようがない。

歴史教科書というものは
その国の流行の価値観の反映でもある。
「皇国」の時代は「皇国」の教科書であり、
「GHQ」の時代は「GHQ」の教科書である。
国家理念の変遷と共に教科書も移り変わる。

冷戦と55年体制時は
平和憲法と戦後民主主義の価値観がまぶされ、
国家が理念を失って経済繁栄に逃げ込めば
教科書から軍人と武将が抹殺される。

上記のイラクの現状を伝えるニュース。
ああ、決して他人事ではありませんな。
心ある日本人なら誰もがそう思うんではないかな?



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テーマ:歴史 - ジャンル:政治・経済

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コメント

中国の歴史は真の原因は消してる

全く独裁体制国家は歴史の改竄に手を染める。ところで中華人民共和国様の歴史年表は呆れる、:抜けてるのよ! 重要な事は掲載していない、教えない。それは戦前の日本企業の御用商人と日本政府のもたれ合いでズルズルと人質企業を守るために中国の内戦に巻き込まれただけで、中国と言う清国滅亡後の混乱期で政府が臨時政府を作るための紛争中だたので戦争の開戦宣言も終戦宣言も曖昧で無かったから、中国と日本は戦争はしていない。太平洋戦争で敗戦したので中国には負けては居ない事を書いてて、その原因となった、重大な日本人大虐殺(通州事件)が書かれて無い。ウィデパキュア辞典にも無い。
日清戦争
が終了してから清国とは賠償金を貰いけじめもついて不干渉政策を取っていた。1927
年の山東進出・1928年の済南事件・1931年の満州事変・1932年の上海事変等上海事
変。1837年櫨講橋事件、その3週間後通州事変、が起きて日本人が大虐殺されてから軍隊の数を増やして1945年終戦宣言で武装解除したのです。この通州事件は普通の一般市民である日本人を女子供含めて酷い殺し方をした。此処が消えてる。これが櫨講橋事件で一度和解したのに再び 紛争が始まる 真の原因で臍になる。
それが消えてるから、日本人が中国の言い分に負けて言いなりで謝罪を繰り返すのです。

歴史と教育

中国の歴史教科書もそうですが、
日本の教科書もひどいものです。

ある意味、国民的価値観の反映といえなくはない。
暗記と軽薄、伝統無視と要約の繰り返し。

一国を滅ぼすには何が必要か?

 「歴史を抹殺すること」

他にもう一つ付け加えるならば

 「教育を軽佻浮薄にすること」

よくよく考えてみれば
この「歴史」と「教育」の分野って
長い間、左翼の牙城になっていた分野ですよね。

痛い急所を彼らに握られたものです。
これを取り返さないといけませんね。

  • 2006/06/07(水) 13:52:03 |
  • URL |
  • ケイ@管理人 #-
  • [編集]

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