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河野談話の破綻の経緯 その3・・日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会


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前回と前々回の続きです。

河野談話の破綻の経緯 その1・・石原元官房副長官の証言

河野談話の破綻の経緯 その2
 ・・日本政府と米軍の「慰安婦関連」公文書



前回にも書きましたが、
今、世間を「慰安婦問題」と「河野談話」が騒がしてますが、
本来、河野談話とは1997年の時点で
その内容の虚偽がハッキリとした代物です。

例の「官憲等による強制」の文言ですが、
あれに何らの証拠の裏付けも無いことがハッキリしました。
それが10年前です。

ところが河野談話は今でも日本の足を引っ張り続け、
米国議会やマスコミなどから悪し様に罵られる。
韓国や中国からは
日本の悪行の決定的な証拠のように扱われる。

そうなったのは、
すでに破綻した河野談話を訂正しようとせずに
この10年間の歳月を無駄にした政治家の罪でしょう。
特に保守系の議員は自省すべきです。

さて、今回は
この河野談話の破綻に決定的な役割を果たした、
「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」について書きます。

この自民党議員による会は
教科書に「従軍慰安婦」が記載されたことに危機感を感じた若手有志が
勉強会として結成したものです。

毎回、外部から講師などを招いて
慰安婦問題や教科書問題などについて意見を聞く。
当時、講師として呼ばれた中には
藤岡信勝さん、呉善花さん、西岡力さん、などがいます。

この勉強会の内容が
産経を中心に大々的に報道されて、
その影響力はけっこう大きなものがありました。
また、その内容が本になって出版されたことも
大きかったです。

歴史教科書への疑問―若手国会議員による歴史教科書問題の総括
 日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会

決定的なことは
河野談話の作成当事者の2人を講師として呼んだことです。
石原信雄・元官房副長官と河野洋平・元官房長官です。

呼ばれた石原氏は
「軍による強制性の資料は全く無かった」と改めて証言し、
これで河野談話の虚偽がハッキリとしました。

で、河野洋平氏。
彼が講師として呼ばれて如何なることを話したか?
それを以下に掲載します。

最初に言っておきますが、非常に長いです。
それと河野氏の話し方は脈絡が無く、
とても分かりづらいです(笑)

以下、河野洋平氏による、
「河野談話」発表に至るまでの経緯説明と、
当時の自民党の若手議員による質疑応答です。


        ◇           ◇


<河野洋平>

ご存じのとおり、冷戦が終わりまして、
湾岸戦争の経験も我々は持っていました。
あの当時、日本の外交としては新たな目標を
「新しい時代のアジア外交の構築」
ということに向けていたわけでございます。

例えば皆さんもよくご存じのとおり、
ASEAN(東南アジア諸国連合)の国々の
目ざましい経済的な発展ぶり、
それから民主化への非常に真摯な動き、そういったものを見るにつけ、
我々はアジアの一員として共に考え、
共に汗を流すということが重要だというふうに
考えていたわけであります。

日本の国がアジアと共に汗を流し、アジアと共に考えよう、
アジア外交というものを非常に重要視する、という状況にあった。
あれまでも何度かありました。
福田ドクトリンとか、いろいろありましたけど、
あらためてアジア外交を構築するという状況にあった、
ということをまず頭に入れておいていただきたいと思います。

そういう状況下でありますから、当時、宮澤内閣ですが、
宮澤(喜一)総理もアジア太平洋政策に関する政策を
きちんとつくり上げたいということから、
アジア太平洋政策に関する諮問機関というものがあったりして、
アジア外交の強化に向けて努力がなされていたわけです。

陛下の中国ご訪問などというものがあったりしたのも、
その当時でございます。
そうした時期に、
シンガポールのリー・クアンユーさんだったと思いますが、
リー・クアンユー首相から「日本がもしアジアの一員として、
この地域でみんなと一緒に努力しようとするならば、
歴史の問題に対する真摯な取り組みが必要だ」という指摘があったのも、
その当時だったと記憶しております。

一方、わが国は国連の安保理(安全保障理事会)に入ることを希望して、
言い方は非常にソフトな言い方でしたが、
「多くの国々の支持があれば、
我々は国連の安保理でその責任を果たす用意がある」
というような言い方で、安保理に加わりたいという気持ちを
表現したのもそのころでございますが、
そのためには近隣諸国の理解、
近隣諸国の支持をいかに得るかということが
極めて重要だということも
非常に深刻に我々は受け止めていたわけであります。

そうした時期に宮澤総理は総理大臣として韓国訪問されまして、
韓国において日韓首脳会談などが行われていたという、
そういう背景があったことをご理解をいただきたいと思います。

そう言う背景の中で、政治的にはそういう状況の中で、
一方、いわゆる従軍慰安婦問題というものが浮上したわけです。
従軍慰安婦問題というのもが
何年何月だったかという細かいことを・・・・。
年月日は多少思い違いがあったら直していただきたいと思いますが、
たしか平成3年の12月であったかと思います。
何人かのいわいる従軍慰安婦と言われる人たちが
日本の裁判所に訴訟を起こした。

その訴訟に端を発して、
もちろんその訴訟は以前に強制連行問題とか、
いろいろあったわけですが、
この強制連行問題は
中国、あるいは韓国の人を日本に強制的に連れてきて
働かせたという事案ですから、これは比較的資料が残っていたんです。
よそから日本に連れてきて、
日本で仕事をしていたということですから、
日本の企業の中にも資料がありましたし、
いわゆる役所の中にも若干の資料が残っていた。

ところが、いわゆる従軍慰安婦問題というのは、
言ってみれば多くの場合、
日本本土でないところから戦地に連れていって、
戦地で転戦しながらいろいろやっていたという事案ですから、
このいわゆる従軍慰安婦問題というものが、
その全貌が明らかになるということがなかなか難しかった、
というふうに私は思うんです。

しかし、裁判所に訴訟が起きたりして、なおかつ、日本の国内で、
もっと率直に言えば日本の国会で野党議員から再三にわたって
相当の時間をかけて厳しい質問が出るということもありまして、
これは相当真剣にいわゆる従軍慰安婦問題について
資料を集める努力をしなければいけない、
というふうに考えるに至ったわけですが、
そう言う状況下でさっき申し上げた宮澤訪韓というものがあって、
両国の首脳会談の折りだったと思いますが、
韓国側からこの問題が持ち出され、
総理は「国へ帰ったら、
真剣にこの問題について調査をいたしましょう」
というような趣旨の答弁をして帰られた。
そこで帰ってこられて調査を始めるということになったわけです。

で、私の前任者でございますが加藤(紘一)官房長官は、
その当時、記者会見で
「調査をやります」ということをはっきり明言されて、
調査をされたわけでありますが、
その調査が時間的にも非常に短い調査であったせいもあって、
なかなか十分な全貌を調べ上げるというわけにはいかなかった。

それは一遍発表してみると、
ここにもっとあるのではないか、こういうこともあったのではないか、
ここも調べてほしい、というような指摘もあって、
「さらに調査を続けます」ということになって、
そこで私が官房長官を
前任の加藤官房長官から引き継いだわけでございます。

こうした問題は決していたずらに時間をかけてゆっくり、
いわゆる引き延ばすようなことをすべきではないと。
調査はやはり速やかにやるべきだということで調査を行ったわけですが、
その調査の段取り、
それから何省の何課にどういう資料があったかというのは
いま十分申し上げるだけの資料は私の手元にはありませんが、
官房長官として外政審議室を督励をして、
関係各省、それからたしか役所だけではなかったと思いますが、
資料がありそうな場所は相当幅広く当たったことは事実でございます。
 
そこで、あったか、なかったか、という問題になると、
はっきりあったと言えるのは、
いわゆる慰安所というものがあったということははっきりいたしました。
慰安所というものがあって、
なぜ慰安所をつくったかについてはいろいろ理由もあるわけですが、
それは置くとして、慰安所というものがあって、
そこに働く女性がいたということもはっきりしている。
 
それがはっきりして、慰安所があって、
いわゆる慰安婦と言われる人がそこに働いていた。
強いて言えば「働かされていた」と言っていいかもしれません。
いや、それは公娼というのがあって、ビジネスでやっていたので、
という説明もありますが、
慰安所における女性に対する管理を
どういうふうにするかというような資料などを見ると、
やはり管理の下に仕事をしていた。
自由はかなり拘束されていたと思える部分がある。
 
その拘束されていた理由はいろいろあって、
例えば情報が漏れるといけないとかいうことも
理由の一つだと思いますし、
それ以外の理由もあったかもしれません。
いろいろな理由があって自由が束縛された。
本人個人の意思でどこにでもいける、
つまり、もういやになったから辞めます、
ということが言えたかというと、
それはどうもできない、という状況まではっきりした。
 
しかし、それははっきりしたんですが、
皆さんが一番問題と考えて指摘をしておられる、
その女性が強制的に
連行されたものであるかどうかということについては、
文書、書類ではありませんでした。
女性を強制的に徴用しろといいますか、
本人の意思のいかんにかかわらず連れてこい、
というような命令書があったかと言えば、そんなものは存在しなかった。
調べた限りは存在しなかったということは申し上げていいと思うんです。
 
ただ、そこで考えなければならないことは、
そういう資料がなかったということは、
資料がないんだからなかったんだ、と決められるかどうか。
逆に言えば、資料がなかったのにあったと言えるかと言えば、
これもまたその逆でございまして、
言えることは「資料がなかった」ということは
事実としてはっきりさせておかなければいけない。
 
ただし、資料はありませんでしたが、
もろもろ様々な人たちの発言などを聞いていると、
やはりいろいろなことがあったのではないかと。
全く非公式に、これはそう簡単なことではなかったのではないか、
と思える節もある。

それは何と言ってもあのころのわが国の状況、
これはもう命がけでやるか、やられるか、
という戦争をしようというときですから、
軍隊の持つ強制力といいますか、
軍隊の持つ権力というものは絶大であって、
軍に「こういうことをしてほしい」と言われれば、
それに対して、「そうかもしらんが、私はそれはできません」
ということが言えるかどうか。
 
それは一人の女性だけではなくて、
極端なことを言えば、
高級官僚といえども、さらには政治家といえども、
絶対にとは言いませんが、これに反する意思を述べるということは
なかなかそう簡単ではなかったのではないか、
ということも推測できると思うんです。
これはあくまでも推測です。

そういう状況下で、一体どのくらいの女性が
いわゆる慰安所というところで働いていたかという総数についても、
資料で数を確認することはできませんでした。
できませんでしたが、これはいろいろな人からの話を聞いて、
相当な数だったということを
きっと調査に当たっていた人たちが思っていたこともあると思うんです。

そういう中で、資料がない、
つまり書類がない以上はどうするかと言えば、
書類がない以上はやはりそれにかかわっていたと思われる人たちの
証言もまた聞くべきだという議論があって、それはそうだね、と。
しかし、では、誰がかかわっていたか、
どうやってわかるんだという問題もあるわけです。

「私はかかわっていましたよ」と本人が言ったって、
本当にかかわっていたかどうかは証明のしようがないではないか、
何か証明すべきものがあるかということになると、
それもなかなか難しいということもあったわけです。
現在も現存をすると思いますが、韓国にはそういう人たちが集まり、
そういう人たちを支える組織というものも複数があって、
その複数の組織から
いろいろな意見が出てくるという話も聞いておりまして、
我々としてもそういう人たちの意見も
聞いたらいいではないかということになったわけです。

で、何人かの人の証言も聞きました。
それはいま申し上げたようにプライバシーの問題もあるので、
どこで、誰々さんから聞いた話はこうですよ、
ということは外には一切出さない。
しかし、それが本当かね、どうかね、という話は、
いろいろな人が聞いてきて、あれは本当ではないのではないかとか、
いろいろなことを言う人も中にはあったわけです。
 
私はその証言を全部拝見しました。
「その証言には間違いがある」という指摘をされた方もありますが、
少なくとも被害者として、
被害者でなければ到底説明することができないような証言というものが
その中あるということは重く見る必要がある、
というふうに私は思ったわけでございます。

私は今日、2つのことを申し上げようと思いますのは、
いわゆる従軍慰安婦という、
非常に気の毒な状況に置かれた女性達がいたか、
いなかったかという点については、私はいただろうと。
総合的な判断をして、いたと思える。
こういうことをまず申し上げたい。

問題は、歴史的に見て歴史的な事実であったということを考える。
歴史的事実であったということを前提にして、
しからば、その教訓といいますか、その大変厳しい経験というものを、
次の世代にどういう形で伝えていくべきなのかということについて
どう考えるかということと、
2つが重要だと思うんです。


<小林興起>

私があえて話しをさせていただきたいのは、
官房長官のお人柄とか、お考えによって
この談話が出来ているという感じがするんです。

私は例えばこの程度のことは違う立場から見れば、
戦争だったわけですから当然のことなんですね。
これが強制連行と言ったらひどすぎますが、
連れていくのに全然自由意思で
「さあ、どうぞ」という話しなどないわけですね

しかし、この程度のことを
外国に向けて本当にそんなに謝らなきゃいかんのか。
誰がひどいと言ったって、戦争には悲惨なことがあるのであって、
当時、娼婦というものがない時代ならば別ですけれども、
町にはあふれているのに、
戦争に行く軍人には
そういうものをつけるというのは常識だったわけです。
働かせなきゃいけなんです。

兵隊も命をかけるわけですから、明日死んでしまうというのに
何も楽しみがなくて死ねとは言えないわけですから、
楽しみもある代わりに死んでくれ、と言っているわけでしょう。
そういうところにどこの国だって連れていく。
つい最近のベトナム戦争においたって、
もっと近来になっているにもかかわらず、
ベトナムに従軍慰安婦みたいなものを韓国は持っていたわけです。
戦争にはついこの間までそういうものがあった。

我が国だけがひどいことをしたのかどうかということを考えるならば、
例えば中国で大量虐殺があったなどと言っていますが、
中国の大量虐殺よりも広島に原爆を落とされた方が本当に・・・・。
軍人以外の者が当然死ぬだろうということがわかりながら、
大量にあの爆弾を落とすなどということはもう非常識窮まりない。


<河野洋平>

この程度のことで謝る必要があるかどうかと
小林さんはおっしゃるけれども、
本当にこの程度のものなんだろうか、
というふうにむしろ私は思うんです。


<衛藤晟一>

慰安所があったということは事実。
で、そこに慰安婦がいたということは事実。
それはまた世界全部がそれが行われていた。
全体として見れば、終戦後、アメリカが日本に来たときも
そうであったこともまた事実です。

そういう状況の中で、そこにいる女性たちは
ある意味ではいま言われたようにみんなきついと言えばきつい、
強制的な部分があったと言えばあった。
大変なことだというふうに思います。

その部分とどこかちょっとごっちゃにしているところが
あるのではないかと。
だから、今度は事実をちゃんとしていくと、
資料がないからないと言えるのかどうかというのとは逆に、
資料がないのにあると言えるのかということで、
これだけいろいろな詳細な調査をしてみた。

それが事実かどうかはっきりわからない状況で、
「ほぼ事実に近いですよ」という形の言い方をすると、
それが結局、事実になるわけです。
事実ということを立証できないのに事実になってしまう。
そして逆にそのことが二国の間を引き裂くという結果が
起こっているという感じがいたします。

少なくとも、私どもの今までの勉強会の中では
軍の強制性を実証できる資料は、
桜井よしこさんが言ったと同じように証明できませんでした。
しかし、ないという証拠も確かにできていません。

しかし、問題は、実はここで一番問われていることは、
軍が直接そこに歩いている女性を引っ張ってきて、
セクシャル・スレイプ(性的奴隷)として使ったと。
ということは、極端に言えばそれはお金というものではない、
完全に強制的にしたと。
そうすると、ここもまた調べてみると、
内地より料金的に3倍だとかいうような料金が支払われたとか、
いろいろ出てきます。

だから、今、先生が言われたように
非常に善意の「本当にかわいそうだよな」ということの中身ではなく、
そのことはそのこととして私は人間だからよく分かります。
しかしながら、今、そのことを日本に対して言っているのではなく、
日本という国はとんでもない国だ、
そこに歩いてる女性を強制的に軍隊が引っ張ってきて
セクシャル・スレイプとして使ったんだと。
そういう印象を与えて、
そしてそのことが広がっていることが問題なので、
だから、ここのところで本当に軍の強制があったのかどうなのか、
という一点の事実確認はどうですか。


<河野洋平>

軍の関与があったかどうかということについて、
たしか書いてあるかと思いますが、
軍の直接関与があったか、あるいは間接関与があったか、
という問題があるわけです。

つまり、兵隊が女性に飛びかかっていってレイプして、
そのまま連れていっちゃった、
あるいは引っ担いで連れて行っちゃったという、
軍そのものがやったかどうかという問題と、
先ほどから申し上げているように、
あの頃の時代背景から言うと、
軍の力というものは圧倒的、非常に強い権力を持っていた。
そういう軍を背景に、表現はちょっと適切でないかもしれませんが、
人狩り、女衒の類が背後に軍がいることを
ちらつかせてやったということもあるかもしれない。
ということまで含めて考えていただきたいと思うんです。

それからもう一つ申し上げると、
あっちもこっちもやっているじゃないかと
いうことをおっしゃるんですが、
「まあ、日本もこの程度のことをやってもいいじゃないか」
というのは、いかにも言うべき言葉ではないというふうに
私は思います。


<衛藤晟一>

いやいや、私はそうは言ってない。
やっているからいいということではなくて、
それはその当時、全部の国がやっていたわけで、
そうすると、もっと事実として
全部がそういうことをやっていたということを
ちゃんと書かないとやはりおかしいですよ。
事実誤認になってしまいます。

それで軍が強制的に連行したかどうかは、
そこを歩いてる女性を引っ張ってきたかのごとく
例えば国連等でもPRされて、
そしてそういう印象を与えるようにされているんです。


<平沢勝栄>

河野先生は、先ほど、お伺いしていますと、
何か状況から見て恐らくあった可能性が高いと、
こういうことでやられたんでしょうか。
それとも100%断定資料がなかったということは
先程からおっしゃられてますので、
要するに状況からして、
その可能性が高い、蓋然性が高いということで、
こういう形で(官房長官談話を)出されたと。
こういうことでよろしいんでしょうか。


<河野洋平>

私の「談話」をよく読んでいただければ、
そのへんのところは書いてありますから、
これをよく読んでいただければいいと思います。


<平沢勝栄>

先程「だろう」とか、
「と思える」いかいうようなお話をされてましたね。


<河野洋平>

いやいや、ですから、資料をみんな集めて、
みんなで議論をしたわけです。
そのときに、私はそういうふうに思ったことは事実なんです。
「これはやはりあったと思わざるを得ないね」というふうに
私が思ったことは事実なんです。


<自見庄三郎>

この間、石原(信雄)前官房副長官が勉強会に来られまして、
強制した客観的事実は一切なかったと。


<河野洋平>

ああ、そうですか。


<自見庄三郎>

何で強制ということを言ったか、については、
韓国の慰安婦だったという方々を政府がいって面接調査した。
それに日本人の弁護士も立ち会ったらしいんですが、
その裏付け調査、あったかどうか確認もしてないけれども、
その内容だけが、その供述だけが実は強制ということに結びついた、
ということをはっきり言われたんです。


<衛藤晟一>

裏付け調査をしないという前提で来たと。
その代わり騒ぎもしなかったし、
静かにしゃべるということでやったと。


<自見庄三郎>

という話しでしたよね。


<河野洋平>

これは先程も申し上げたように、
話しをずーっと私も見せてもらいましたが、
局部的には思い違いがあるのではないか、
こんなことはなかったのではないか、
つまり場所が違ってやしないかとか、
何がどうだということはあったとしても、
大筋において経験がなければ、体験がなければ、
こんなことは証言できないと思える部分というのは、
非常にあっちこっちにあるということははっきりしてますね。


<衛藤晟一>

ですから、前総裁はそう推察する、
蓋然性が高いのではないかといわれるけれども、
でも、前総裁の個人的な善意の問題と事実の問題は・・・。


<河野洋平>

いやいや、これは善意ではありません。
こういうことは善意だけでものを言うつもりはないので、
やはり調査の結果を見れば、これはなかったとは言えない、
というふうに私は思います。


<安倍晋三>

なかったということを証明するということは、
私は限りなく不可能に近いと思うんです。
なかったというのは、例えば一万例があるとすると、
一万例すべてについて当たっていって
なかったということを証明しない限りこれは不可能ですから、
なかったということは証明できない。
ですから、あったということを
まず証明しなければいけないと思うんです。

それで国家として、それに教育もしていく、
あるいは国として謝罪するということであれば、
その人に対する思いやりとはまた別に、
厳然たる事実かどうかということを
ちゃんと精査していかなければいけないのかなと私は思うんです。

そういう中で慰安婦の皆さん16名に対しての
インタビューの裏付けを取ってないということは、
その人に対して、被害者だから、
そんなことをするべきではないということを言うことも
わからないことはないんですが、
ただ、国家として態度を決めるからには
やはりそれをする必要があると私は思うんです。

しかも、それが直接わが国の場合は、
教科書にまで載るということになってしまったわけです。
本来、「官房長官談話」と教科書に載るというのは
別の次元の話しなんですが、
日本のシステムはそうなっているんです。

そうすると、ここのところを直さない限り、
教科書が直せないというのが文部省の・・・・。
私が何回質問しても、文部省が金科玉条のごとく、
「この『談話』があるから、私たちは悪いことをしていませんよ。
個人的にはこんなものを載せるべきではないと思っているけれども、
これはしょうがないんです」と。


<河野洋平>

いや、安倍先生のお話はそれなりによくわかりますが、
私は「官房長官談話」を出すにあたって、
そんなあやふやな状況下で出したつもりはないんです。

私は少なくともずーっと調査を重ねていって、
あの時点で、これは「官房長官談話」に書きました意味において、
私は「強制性は認められる」というふうに言って憚らないという、
最終的な判断をしました。


<安倍晋三>

軍の「強制性」ですね。


<河野洋平>

官憲等による。


<古屋圭司>

今、自見先生のほうからご指摘がありました。
石原先生のお話の中で、当時の政治的背景からすると、
まともな調査をできる状況ではなかったんだということを
はっきり言われましたね。
したがって、いわば政治判断をやらざるを得なかった。

だから、実際、安倍さんの言うように、
本当のそこの部分の調査というものはやれるのかどうか。
私はこのへんをもう一度検証する必要が
あるのではないかと思います。


<河野洋平>

私は最後に一言だけ申し上げますが、
やはり日本の国は品格のある国づくりを目指すべきだと思うんです。

依然として例えば東南アジアに対する買春ツアーとか、
そういうものがあると言われている。
こういうことがあると言われるような国というのは
そんなにありません。
私はそういう点についても
我々はもう少し深刻に考える必要があるのではないかと。

いわゆるフィリピンにはジャピーノと言われる子供達が大勢いて、
それに手を差し延べるということも十分ではない。
もちろんすべてではありませんが、
一部の日本人男性のこうした残念な問題について、
どうも我々はややもすれば許してしまう雰囲気があるのではないか。

今、女性の権利をもっと認め合うとか、
男女共同参画社会をつくろうとか、
タテマエはいろいろ言うけども、
実態の認識はそこまでいってないというころに問題がある。
審議会の委員に何人女性を入れようとか、
そんなことだけではやはり男女共同参画社会なんていうのは
できないのではないかと。


<中川昭一>

それはそれとして大事な問題だと思いますが、
歴史的事実を
どう認定するかという話しとは違う話でございますので、
それとこれとは・・・。


<自見庄三郎>

どうもありがとうございました。


       ◇            ◇


以上です。

私がこれを読んでいてまず思ったのは、
慰安婦云々とは無関係に
河野という人物はなんと脈絡もない話し方をするんだろうかと。

話しがあっちに飛び、こっちに飛びで、
グルグルグルグル回るような言い方をする。
この人、論理的に物事が考えられないんじゃないかと。

慰安婦問題と河野談話を考えるに当たって、
この人のこういう論理的思考の欠如こそが
意外に大きなウェートを占めるのかもしれませんね。

また、最後の方にも
「男女共同参画社会が」などと言ってますが、
ここらへんにこの人の思想的背景があったのかと
思わず納得した次第です。

さて、どう見ても突っ込み不足の自民党若手諸氏ですが、
これは同じ党の大先輩ということで遠慮したのかもしれませんが、
もうちょっと頑張ってほしかったところです。

全体を通してみると
証拠・文書などが一切無いのに
「官憲による強制」を認め、
国家が謝罪してしまった誤りは明白です。

河野氏はこれに対して

  ただし、資料はありませんでしたが、
  もろもろ様々な人たちの発言などを聞いていると、
  やはりいろいろなことがあったのではないかと。
  全く非公式に、これはそう簡単なことではなかったのではないか、
  と思える節もある。

などと言ってますが、
「思える節」だけで謝罪されちゃあかないません。

たとえば河野氏が、
ある女性から身に覚えが無いにもかかわらず、
「あんたは私をレイプした!」と
いきなり言われたらどうなるんでしょうか?

河野氏自身は否定し、証拠も何もない。
しかし、女性の証言だけで犯人とされ、
哀れ罪人となってしまった。
こうなったらどうするんでしょうかね?

河野氏は徹底的に反論するでしょう。
「ふざけるなよ」と。
「これは冤罪だ!」と。
「証拠もないのに罪人に仕立てる気か!」と。

自分がそういう状況におかれれば
当然、素直には従わずに反撃するんでしょうが、
国家の歴史となると基準が別のようです。

彼は証拠もなく国家を罪人に仕立てたわけです。
何の証拠も文書もないのに
「官憲による強制」といったわけです。

それと、もう一つ思うのですが、
私は戦地の慰安婦が総計で何人いたかは知りませんが、
一万人ほどいたとして
仮にそのうちの数十人に強制による悲劇があったとしても、
それは国策そのものの罪とは別物だということです。

あえて冷厳な言い方をさせてもらいますが、
国家が施策として何かを行った時、
システムとして施策としてやったことと、
それを遂行する過程で生じた末端での悲劇は
これは峻厳に切り離して考えなければなりません。

システムとして日本国が
そこらへんの女性を強制的にかき集めて
慰安婦として送ったわけではない。

国策レベルの話しと
それが遂行される過程で生じた末端の暴走による悲劇とは
これは全く別のものです。

河野談話を作成するに当たって
日本政府は慰安婦関係の資料をかき集めて検証しました。
そして、強制性を示す文書は全く無かったわけですが、
仮に一部の末端の部隊で
そういうことが行われたという文書が出てきたとて、
それを日本国の国策とイコールにされてはかないません。

私は上記の河野氏の話を見ていて
この人物は証拠の文書が一枚でも出てくれば
得たりとばかりに飛びつき、
国家レベルの悪業として謝罪するんだろうなあ、と思いました。



関連資料リンク

慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話

歴史教科書への疑問―若手国会議員による歴史教科書問題の総括
 日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会



関連過去記事

河野談話の破綻の経緯 その2
 ・・日本政府と米軍の「慰安婦関連」公文書

河野談話の破綻の経緯 その1・・石原元官房副長官の証言

「慰安婦問題」とチャイナ・ロビー その2
 ・・ユダヤ・ロビーの実例

「慰安婦問題」とチャイナ・ロビー








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コメント

河野洋平さんって、、、、おかしい、、、変!!!

このブログで、かかれている解説は、まともな説明になっています。
冷静にかかれていると思う。
 これに対して、河野洋平、、、ひどい人やね
この人は、一言で言うと、頭が悪いというか、おかしいというか。
まず、人の言うことを全然聴いていないし、
きちんとこたえようとしないし、
こんなひとやから、ありもしないいわゆる従軍慰安婦の強制性を認めるやろうね。
この政治家は、いったい、どこの国のせいじかなんやろうか。
 ちなみに、私は、もと、在日韓国人で、今は、帰化して、日本籍やけど、こんな僕でさえ、
従軍慰安婦って、ものすごく怪しいとおもう。
だいたい、朝鮮のおばさん(女性に限らない)は、なんでもオーバーに、話す。それが、民族特有の性質。
 こんな嘘を見抜けない政治家ばかりでは、日本の将来は、相当危うい!!!

  • 2007/03/26(月) 23:59:23 |
  • URL |
  • shinichi #-
  • [編集]

議長!

> まず、人の言うことを全然聴いていないし、
> きちんとこたえようとしないし

同感ですね。

自民党若手の突っ込み不足もありますが、
「あんた、ちゃんと答えなさい」みたいな感じで
読んでていらいらしてきます。

こういう論理的に考えられない人が
政治家やってていいのかと思いますよ。
しかも衆院議長だし (ーー;)

  • 2007/03/27(火) 02:22:33 |
  • URL |
  • ケイ@管理人 #-
  • [編集]

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