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外務省のラスプーチン「佐藤優」氏・・国家の器量と異能の人

東郷和彦元外務省局長が初出廷 佐藤優被告を擁護

 外務省関連機関「支援委員会」から
 国際会議への派遣費用を不正支出させたとして、
 背任罪などに問われた外務省の元主任分析官、
 佐藤優被告(46)=1審有罪、休職中=の控訴審公判が
 21日、東京高裁(高橋省吾裁判長)であり、
 同省元欧亜局長、東郷和彦氏(61)が
 1・2審を通じて初めて証人出廷した。
 東郷氏は「支出は外務省が組織として実行したことで、
 佐藤被告が罪に問われることはあり得ない」と証言し、
 無罪主張の佐藤被告を擁護した。

 支援委員会は日本とロシアの協定に基づいて設置された機関。
 支出に当たっては、ロシアを担当する欧亜局長だった東郷氏のほか、
 国際協定の解釈権限を持つ条約局長らが決裁している。
 
   (産経新聞)


「外務省のラスプーチン」という呼び名が
すっかり定着した佐藤優氏。
私はこの人に対する評価は
まだまだ100%下せないでいる。

「異能の人」であることは間違いないと思う。
「正論」を始め、いくつかの雑誌や
「FujiSankei Business i」などの媒体で
この人の文章をよく読んでいるが
シャープな内容にいつも感嘆させられている。

佐藤氏の背任容疑ってやつも
この人が言うところの「国策捜査」であることは
おおむね同意できる。

上記ニュースにあるように
東郷元欧亜局長の証言などによって
最終的には容疑は否定されるんじゃないかな。
もう世間も「ムネオ」で騒がなくなったし。
検察もどうでもいいと思っているだろう。
だからこそ、風向きの変化を感じて
この帰国を拒んでいた東郷氏も、
日本に帰って証言する気になったんだろう。

問題は、この人達が推進してきた、
「北方領土2島先行返還論」ってやつだな。
私はこれへの評価がまだくだせないでいる。
良策なのか、愚策なのか?

さて、私は佐藤優氏の著作を
ホント、遅ればせながら最近になって読み始めた。
初作の「国家の罠」を読み終わって、
今は「国家の自縛」を読んでいるところ。
これが終われば近著の「自壊する帝国」に移るつもり。

「国家の自縛」は
産経新聞の斉藤勉氏との対談形式になっていて、
非常に読みやすい。

この本の序文、
佐藤氏が書いた文章を一部引用する。


 逮捕の二ヶ月前、
 三月一日付の「産経新聞朝刊」は一面で
 斉藤勉モスクワ支局長署名の
 「元主任分析官『佐藤優』を考える/彼の力量 誰が認めたか」
 という記事を掲載し、
 私の肯定的側面、否定的側面を総合的に評価した。
 当時の感情的雰囲気に流されずに、
 フェアな記事を書いた斉藤さんと
 それを掲載した「産経新聞」の勇気に頭を下げた。

 この記事の内容は多くの読者の記憶に残り、
 それがあるからこそ「国家の罠」が
 偏見なく多くの読者に受け入れられたのだと思う。
 「国家の罠」を読んだ未知の読者から
 「産経新聞の記事を読んで、
 佐藤さんのことがずっと気になってました」
 との感想を何件も聞いた。


実は私もこの
「前主任分析官『佐藤優』を考える」
という記事を読んだ記憶がある。
凄いやつが外務省にいたんだなあ、と思った記憶がある。

今、改めて「国家の自縛」を読みつつ、
当時の産経の記事を探してみた。


◇外務省改革 前主任分析官「佐藤優」を考える
  彼の力量誰が認めたか

 「ソ連の要人の家に
 連日、夜討ち・朝駆けを続けている日本大使館員がいる」。
 モスクワでこんなうわさを耳にしたのは、
 ゴルバチョフ政権下でペレストロイカ(再編)が
 軌道に乗り始めた一九八七年秋のことだった。
 この外交官が当時まだ二十七歳で
 いわゆる「ノン・キャリア」の三等書記官、
 「佐藤優」なる人物であることはすぐに知れた。

 佐藤に会い、度肝を抜かれた。
 夜討ち・朝駆けの対象はソ連の政界、経済界、学界、
 マスメディア、ロシア正教会、国家保安委員会(KGB)関係者、
 果てはマフィアの親分…と、表と裏世界の隅々にまでおよび、
 しかもその手法は新聞記者の私も全く顔負けだった。

 早朝、出勤前に平均二人、真冬の凍てついた夜でも
 ウオツカを手に深更まで昼間仕込んだ住所を探しあて、
 二人、三人、四人と相手のアパートの扉をたたき続けた。

 佐藤のこの粉骨砕身の地道な努力が培った幅広い人脈は
 数年後、赫々たる成果を生んでいく。

 一九九一年一月、
 リトアニアのテレビ塔を死守する独立派民衆に
 ソ連軍の戦車が襲いかかり、
 十三人の犠牲者を出す「血の日曜日事件」が発生。
 戦車は「独立運動の砦」・リトアニア最高会議に
 次の攻撃の照準を定めていた。
 現地入りした佐藤は人脈をフル利用し、
 攻撃側のリトアニア共産党・ソ連派幹部と独立派幹部の間を
 何度も行き来して説得工作を繰り返し、
 ついに戦車の進軍を阻止したのである。
 最高会議には数百人の民衆が立てこもり、
 武力衝突は大流血を意味していた。

 「バルト三国の民族衝突拡大は
 ソ連全体の行方を一段と不透明にし、
 これを阻止することは日本の国益に合致すると必死でした」。
 佐藤はのちに記者にこう述懐した。

 同年八月、当時のソ連大統領、
 ゴルバチョフをクリミア半島に一時軟禁した、
 ソ連共産党守旧派(左翼強硬派)による、
 クーデター未遂事件が起きるや、
 佐藤はモスクワ・スターラヤ広場の
 ソ連共産党中央委員会に陣取る「クーデター本部」に
 顔パスで潜入した。

 ゴルバチョフの生死が世界中の関心を呼んでいた時に、
 佐藤は「ゴルバチョフは生きてクリミアにいる。
 表向きの病名はぎっくり腰だ」との情報を
 世界に先駆けてキャッチ、至急報の公電を東京に送った。

 佐藤が衆院議員・鈴木宗男と運命的な出会いをするのは、
 このクーデター未遂事件の直後、
 一斉に独立宣言したバルト三国でだった。
 九一年九月、日本が独立を承認した同三国に
 鈴木は政府特使として派遣され、
 その通訳と車の手配などを任されたのが佐藤である。
 「われわれは、“共産主義は悪”との信念を分かち合い、
 意気投合した」と佐藤は話している。

 当時、外務省内外で
 「異能」との評判が立ち始めた佐藤だったが、
 彼自身は折に触れ
 「ボクの情報はどう活用されているのかなぁ」とぼやいた。
 佐藤のモノにつかれたような情報収集活動の主要な動機に
 「外務省内で認められ、はい上がりたい」との
 上昇志向が働いていたことは疑いない。

 極論すれば、
 黙っていてもそれなりに昇進していくキャリアと違い、
 ノン・キャリアは仕事に骨身を削り尽くし、
 その成果が目立たない限り迅速な出世は望めない。
 日本の官僚機構はそんな歪んだ構造になっている。

 政府内や外務省幹部のごく一部には
 「佐藤の情報収集能力と国際情勢の先読み能力の凄み」を
 素直に評価する向きも出ていた。
 だが、東京から出張してきた外交官は
 「佐藤の情報はキャリアの手柄にされたり、
 握りつぶされたりもしている」と明かしたものだ。
 佐藤の苦悩は異能ゆえに一層深かったはずだ。

 佐藤はしかし、九八年九月、
 突如、課長補佐級の主任分析官に抜擢される。
 彼の力量から見れば当然のポストだったろうが、
 省内外では「鈴木人事」とうわさされた。
 鈴木は佐藤の異能を認め、
 自らの政治的野望実現の“頭脳”として重用し、
 キャリアに頭を押さえられてきた佐藤は
 政治権力と密着する道を選び取ることで
 初めて異能を開花させうる「自己実現」の場を得たのだ。

 佐藤が一種の政治的うさん臭さを
 鈴木に感じ取っていたとしても、
 外務省を手玉に取れる権力を持ち、
 世界の情報機関さえ一目置くようになった、
 自分のソ連・ロシアの人脈ネットワークを
 正当かつ高く評価してくれる鈴木に賭けたのだ。

 だが同時に
 「鈴木の威を借りてかつての上司を怒鳴り上げる、
 不遜な態度も目立つようになった」(外務省筋)。
 政治権力の蜜の味に外交感覚や人格まで
 まひしてしまったのだとしたら、極めて遺憾なことだ。
 そして、鈴木の一連の疑惑に
 佐藤が仮にかかわっていたとすれば
 外交官の職分を踏み外した許し難い所業だ。

 「佐藤優」は善きにつけあしきにつけ、
 外務省の歪んだ硬直構造と体質が生んだ、
 象徴的な“落とし子”である。
 佐藤とそのグループを切り捨てるのはたやすい。
 だが外務省は「良き面の佐藤イズム」を
 早急に幅広く育てる柔構造への抜本改革に
 邁進しない限り対露外交に明日はなかろう。

 モスクワ 斎藤勉

   (産経新聞 2002/03/01)


数年ぶりにこの記事を再読してみた思うのだが、
やっぱ「異能の人」だね。

佐藤氏の「異能」とは、
膨大な知識と高い見識に裏打ちされた「判断基準」にあると思う。

複雑な事象を明晰に分析できる人とは
明確な判断基準を持った人。
何が良くて、何がまずいのか、
何が最良で、何が次善か、
この問題の本質は何か?

知識と見識を背景に
自らの頭脳に「判断基準」という名の物差しを
打ち立てていかねばならない。
佐藤氏はそれが確立された人だと思う。

外交や国家戦略の見識を育成する手段は様々にあれど
やはり歴史を学ぶのが最善でしょう。
歴史は智慧の宝庫。

かの鉄血宰相ビスマルクが言ったように、

  愚者は経験から学び、智者は歴史から学ぶ

佐藤氏は歴史から多くの教訓を学び、
自らの判断基準を打ち立てた人ではないかな。

かくの如き「異能」を使いこなせない外務省の未熟さと
日本国家の器量の狭さを悲しく思う。


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