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韓国と北朝鮮の海上銃撃戦「西海交戦」から4年・・事件の風化と抹殺

寂しい西海交戦4周忌追慕式

 4周忌追慕式がおととい、
 京畿道平沢にある海軍第2艦隊司令部で開かれた。

  もしかしたらと思ったが、
 やはり今年も大統領と総理の姿は見えなかった。
 国防部長官と海軍参謀総長が出席したが、
 かろうじて席だけ守って形式的追悼辞さえなかった。
 祖国を守って散っていった「護国英雄」たちに対する、
 国家の報恩が果たしてこれでもいいものか。

  韓日ワールドカップ決勝戦を1日控えた2002年6月29日、
 西海延坪島海上で
 北朝鮮警備艇の先制奇襲砲撃で始まった西海交戦は、
 北方境界線(NLL)を武力化するための
 北朝鮮の意図された武力挑発だった。
 交戦過程で6人の将兵が若き美しい年に命を失った。

  領土保全の最終責任者である大統領が
 葬式に出席するべきだったのに、
 葬式どころか毎年開かれる追慕式に一度と顔をみせていない。

  だから一体何のために
 惜しい命をかけたのか分からないという恨み節が
 遺族たちから出るのではないか。
 祖国のために生命を捧げた護国英霊と
 遺族に対する国家の配慮こそ国家の基本義務と同時に、
 報勲の第一歩だ。
 どんな政治的考慮も報勲の原則より優先することはできないのだ。

   (中央日報)


韓国:中央日報の嘆き節です。

この「西海交戦」とはニュース中にもあるように
2002年6月29日に黄海で起きた、
韓国と北朝鮮の警備艇同士の銃撃戦。
韓国側の高速警備艇一隻が沈没、
戦死6人、負傷者多数。
一方の北朝鮮側は警備艇一隻が損傷し、
30人前後の北朝鮮軍兵士が死亡ないし負傷したとされている。

事態を受けて韓国軍は全軍に非常警戒令を出し、
在韓米軍とともに万一の事態に備え警戒態勢を強化した。

事件の推移は、
6月29日午前9時54分、北朝鮮の警備艇1隻が
南北の海上境界線であるNLL(北方限界線)を越え南下、
これに対して韓国海軍の高速艇2隻が出動。
 
10時1分、
北朝鮮のもう1隻の警備艇がNLLを越えて南下、
韓国海軍はさらに高速艇2隻を追加出動させ、
NLL北側に退却するよう警告放送。

北朝鮮警備艇が、韓国海軍の高速艇357号に一斉射撃。
85ミリ砲弾が艦橋・操舵室に命中して艦長が即死し、
通信不能になった357号は、
前方の高速艇358号とともに反撃の射撃を開始。
北朝鮮警備艇も艦橋が火炎に包まれ、
85ミリ砲も機能麻痺に陥った。

ここから南北双方が
警備艇やら高速艇やらを次々に繰り出し、
猛烈な銃撃戦を展開した。

銃撃戦自体は
優秀な火器を持つ韓国側の有利に進みつつあったが、
10時48分に、韓国の哨戒艦が
北朝鮮のスティックス艦対艦ミサイルのレーダー稼動を探知。
これで韓国側はビビってしまった。

韓国海軍もハープーン対艦ミサイルを持つ、
千二百トン級の大型の哨戒艦二隻を現場に急派し、
さらにF-16戦闘機も爆装で現場付近に待機させていたが、
双方の銃撃戦がミサイル合戦にエスカレートし、
さらに南北の全面衝突に至ることを恐れた韓国政府は
これ以上の戦力の投入は手控える。

10時51分、大破した北朝鮮の警備艇が
他の警備艇に曳航されてNLL北側海域に戻る。

10時56分、韓国の全艦艇に射撃中止命令。

11時59分、韓国の高速艇357号が曳航中に沈没。

とまあ、こんな流れでした。

この交戦自体は
北朝鮮が事前に計画を練っていたもので、
彼等はその3年前に起きた同種の銃撃戦である「黄海海戦」で
一方的に韓国に打ちのめされたことへの報復をもくろんでいた。

事件の徴候は数日前からあり、
韓国海軍の対北朝鮮通信傍受部隊は
北の意図を読み、報告を上げていたにもかかわらず、
韓国軍首脳部はこれを黙殺した。

また、韓国海軍は
当時の金大中大統領の「太陽政策」を受け、
北に対する警戒がゆるんでおり、
交戦規定を厳格に定めすぎていた。

彼等は事前に警告放送や警告航行を行わなければ
北の侵入船に対する発砲は禁じられており、
このため、いきなり発砲してきた北朝鮮警備艇に不意をつかれ、
大損害を出す結果となった。

交戦後、韓国の世論は沸騰、
特に韓国側は一隻が撃沈されたにもかかわらず、
北朝鮮側の大破された警備艇にトドメを刺さず、
そのままヨロヨロと立ち去さられてしまったことに
非難が殺到した。

また、金大中政権の進める太陽政策が実質破綻したと
保守派からの批判が相次いだ。

いかし、金大中は北朝鮮を非難したものの、
「金正日がこれに関わっていたかは不明」などと、
微温的態度に終始し、
一方で太陽政策は引き続き継続していくとした。

金大中は保守派からの批判に対して、

  一部強硬論があるが、
  彼らは故意でなければ思慮が足りない人たちだ。
  確固とした安保態勢は必要だが、
  戦争を防がなければならない

と言って自己を正当化した。

さらに韓国政府は北を刺激しないために
戦死者・戦傷者に対する顕彰は控え、
遺族に対しても圧力を加えて、
マスコミのインタビューなどに応じないようにした。

そして、当時から韓国社会に芽生え始めた親北的な雰囲気の中で
事件は急速に風化していき、忘れられていく。

以下、事件一年後の産経新聞の記事。


◇【分断続く朝鮮半島】休戦協定調印50年(4)
 「北の脅威」を否定する民主化

 韓国では昨年のワールドカップ熱気がまだ残っていて、
 当時、ソウル市庁前の広場を埋めつくした、
 街頭応援の「赤い大群衆」のシーンが
 今でもテレビ・コマーシャルなどでよく登場する。

 ところが、これとともに、この年、
 やはり同じソウル市庁前を埋めた「反米ロウソク・デモ」の
 シーンも放送される。

 この大規模な反米デモは、ソウル近郊で女子中学生二人が
 米軍車両にひかれて死亡した「交通事故」をきっかけに
 盛り上がったもので、
 韓国における反米運動の公然化として注目された。

 ちなみにこの年、西海岸沖では
 韓国と北朝鮮の警備艇による交戦事件があり
 韓国海軍の将兵六人が戦死している。
 そこで韓国政界で流れている話にこういうのがある。

 先ごろ訪米した韓国の政治家一行が
 米国の要人と面談した際、反米デモが話題になり
 「事故で亡くなった女子中学生の名前は何というのか?」
 と聞かれた。
 一同、即座に答えたのだが、
 次に「では北朝鮮との海戦で戦死した将兵の名前は?」
 と聞かれ、誰も答えられず困ったという。

 近年の韓国社会の雰囲気を物語っている。
 最前線で北朝鮮と戦って名誉の戦死を遂げた将兵より、
 在韓米軍の交通事故で犠牲になった少女の方が
 「英雄」としてもてはやされるのだ。

   (産経新聞 2003/07/25)


昨今の韓国の政界と社会の雰囲気はまともじゃないね。

身を盾にして戦った兵士が
「北を刺激するな」の配慮のもとに
当の政府によってその功績が抹殺されていく。

ハタから見てると
最近の韓国の政情は狂ってるとしか思えない。



関連資料リンク

政府関係者出席せず…寂しい西海交戦追悼式

西海交戦遺族が祖国を去りたいと言う理由

西海交戦から2年…忘れられた「6人の英雄」





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