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中国:文革末期、唐山地震から30年・・天災と悪政

中国「暗部」隠し防災大国誇示 死者24万人地震30年

 死者24万人、重傷者16万人など、
 未曾有の被害を出した中国の唐山地震から28日で30年。
 中国政府は唐山市の急激な経済復興ぶりを誇示するなど、
 「中華民族の自立の精神」を強調する。
 その裏には、貧富の格差や閣僚の腐敗など、
 現在の中国が抱える諸矛盾の噴出を押さえるとの
 思惑が働いているようだ。

 「すさまじい衝撃。
 何が起こったかわからず、家は倒れ母は死亡。
 私は足の骨折だけで助かった。
 一面がれきの山だったが、いまや唐山は輝かしく復興した」
 唐山市中心部にそびえる「地震記念碑」の前で、
 生存者の女性(77)はこう語った。
 
 唐山地震は当時の市の人口100万人の大半が被災するなど、
 街は一瞬に廃墟と化した。
 しかし、中国政府は、外国の震災援助の申し出をすべて断った。
 毛沢東主席が「自力更生で困難を克服しよう」と指示したからだ。
 また、地震発生時は文化大革命(1966-76年)末期で、
 中国は海外の思想などを排除する、
 “鎖国”状態だったことも理由の1つだ。
 
 これについて、中国誌「世界知識」は
 「『中国は社会主義大国であり、
 他国の災害には国際主義精神で援助すべきだが、
 自分たちの災害は自力更生の精神で復興、
 社会主義の優越性を世界に証明すべきだ』との考えが当時、
 大勢を占めていた」と解説する。

 地震30年を記念して、他の中国メディアも特集を組んでいるが、
 「援助を断った中国が、いまや国際協調を重視する国に変貌」や
 「地震から30年を経た経済復興ぶり」などに主眼が置かれ、
 当時の社会混乱ぶりを取り上げた報道はほとんどない。
 24日にリニューアルオープンした「抗震記念館」では、
 当時の生々しい被災状況や人民解放軍による救助状況などのほか、
 現在の唐山の経済発展の模様も写真や模型で展示されており、
 大震災から立ち直った現在の唐山の復興ぶりを強調。
 記念館は「愛国主義教育模範基地」と位置づけられており、
 その展示内容は「中華民族の自立の精神」を誇示しているようだ。

 記念館で大々的に復興ぶりを強調するだけあって、
 現在の唐山市の経済発展は急ピッチだ。
 人口710万人の唐山市は「北京-天津-唐山」の高速鉄道の敷設、
 製鉄所、製油所、発電所の建設がめじろ押しだ。
 4カ所の経済開発区を抱え、
 昨年には河北省全体のGDP(国内総生産)の5分の1を占め、
 中央政府が唐山を天津と並び、
 「環渤海経済圏」の中核として位置づけるまでになった。
 96年には日系企業はわずか2社だったが、
 現在は外資最多の22社に増えるなど、
 日本企業も唐山の経済的飛躍の一翼を担っている。
 市政府は日本企業の誘致に力を入れており、
 唐山の経済発展ぶりを現地取材する日本の報道機関も増えてきた。

 しかし、河北省政府は26日、
 日本の一部メディアが申請した、
 28日の唐山地震30周年記念活動の取材を拒否した。
 消息筋によると、中国共産党中央宣伝部は今年に入り、
 文革終結30周年の記念行事や報道を禁止する通達を出したが、
 唐山大地震についても社会不安を招かないよう関係部署に通達した。
 
 文革にまつわる過去の「暗部」が再び顕在化し、
 貧富の格差や官僚の腐敗など、現在の国民の不満と結びつき、
 社会不安が増幅されることを避ける狙いがある。
 
 当日、胡錦濤政権は
 党の中央指導者を記念式典に派遣するとみられるが、
 当時の社会的混乱には触れず、
 「輝かしい復興の軌跡は
 中国現代史の縮図として強調する」(消息筋)という。
                   
   (産経新聞)


唐山地震は1976年7月28日、
中国河北省唐山市付近を震源として発生した、
マグニチュード7.8の直下型地震。
激震によって中国有数の工業都市であった唐山市は
全域が壊滅状態となった。

地震による死者は公式には24万人、負傷者14万人。
非公式には60万から80万人が死亡したとも言われ、
20世紀最大の地震被害であった。
この時、火力発電所建設のために派遣されていた、
日立製作所の日本人社員3名も犠牲になった。

地震の前には、
唐山市域は約100万人の人口といわれていたが、
大震災により市街はほぼ壊滅状態となり、
市の97パーセントの土地建築物に被害が生じ、
55パーセントの生産設備が破壊された。
また、交通網、給水、給電、通信網などはすべて切断され、
人口100万の都市は廃虚となった。
 
上記ニュースにもあるように
この唐山地震30周年に関する海外メディアの取材活動を
中国政府は許可していない。
理由は「文化大革命に悲惨さに触れてほしくないから」。

当時は文革の末期で、中国全土は暴乱の内戦状態。
公式には数百万人、
非公式には3千万とも4千万とも言われる死者を出し、
国家秩序は崩壊寸前に至り、社会は疲労の極にあった。

この1976年という年は、
中国で政変や暴乱が起きるとされる「丙の年」。

まず1月には、国民の信望が厚かった周恩来首相が死去。
その葬儀が行われた4月には天安門広場で民衆の暴乱が起きる。
世に言う第一次天安門事件である。

周恩来追悼の為にささげられた花輪が
北京市当局に撤去されたことに激昂した民衆が
軍や警察と衝突し、鎮圧された。
四人組に主導される政治局会議で事件は反革命と断罪され、
当時、文革で失脚し、副首相として復活していたトウ小平は、
この事件の黒幕とされ2日後に再び失脚。
しかし、この事件を契機に
文革への国民の反感は一層増していった。

さらに7月に入ると、
軍の元勲で八路軍の司令官であった朱徳が死去。
朱徳は中国国民から敬愛されていた。
そして28日には唐山大地震の発生。

この地震の救済活動の最中の9月9日、
革命の英雄にして文革の破壊者たる毛沢東の死。
巨大地震の後に巨星が墜ち、中国社会は不安におののいた。

10月には、毛沢東の権威を背景に権力を掌握していた、
江青、張春橋、王洪文、姚文元らの「四人組」が
華国鋒、葉剣英により逮捕され、
ここに文化大革命は幕を閉じた。

その後、「実権派」と呼ばれ、
迫害されていたかつての指導者たちの名誉が回復され、
トウ小平・胡耀邦・彭真などが復帰した。
これが80年代後半からの改革開放路線へとつながっていく。

まあ、ざっと見てお分かりのとおり、
中国人にとって「唐山地震」の記憶は
あの暗く悲惨な文革の思い出に直結している。

だから中国政府は
唐山地震の復旧活動と現在の唐山市の復興に焦点をあて、
当時の社会背景に絡む報道を抑制しようとしている。

1976年に地震が起きた時、
中国政府は地震関係の報道を抑制し、
人民日報と新華社は、

  「唐山で強烈な地震が発生した。
  災害地域の人民は毛沢東の革命路線に従い、
  革命的精神を発揮して災害に立ち向かっている」

と、バリバリの「社会主義的主観報道」に徹し、
地震の実状は全く報じようとしなかった。

ようやく3年後の79年に、
中国地震会議が開かれ、死者の数を公表。
会議の翌朝、人民日報は初めて
「唐山地震の死者は24万人以上だった」と書き、
世界中を驚愕させた。

不思議な話で、文革中には
中国史上、稀にみる大地震が2回起きている。
この唐山地震と1970年の雲南省で起きた通海地震で、
通海地震では死者1万6千人を出している。
まさに天が与えた罰か?

唐山地震は中国人にとって「悪政と天災」のワンセットの記憶。
中国政府は悪政の部分を切り離し、
天災とその復興のみを報じようとする。
独裁政治の小賢しさとしか言いようがない。



関連資料リンク

現代中国で何が起こっているか:唐山大地震30周年祭
 死亡者数事件後3年めに発表

唐山地震その後





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コメント

文革隠し

地震は文革の混乱を隠すスケープゴートに過ぎないのではありませんか?
本当に地震はあったのかどうか・・・。

現在、というか、ここ数万年、地震の巣となる造山帯は、日本列島を含む環太平洋造山帯とアルプスヒマラヤ造山帯が主なものですが、どちらからもはずれており、中共が付く「嘘」の一環ではないかと・・・。

疑心暗鬼もここまで来ると根拠無き言いがかりです(^^;。

  • 2006/07/28(金) 06:36:10 |
  • URL |
  • クマのプータロー #-
  • [編集]

「為政者への警告」という観念

> 本当に地震はあったのかどうか・・・。

いや、さすがにそれはあったと思いますが (^_^;

日立の社員も亡くなっていることだし、
創作ではないでしょう。

逆に中共的に言えば
地震なんて無かった方がありがたいでしょう。
中国人の抜きがたい観念に
「天災=悪政への天罰」という発想があります。
あの地震はそれを想起させたでしょうし、
だから死者の数も3年後に発表したのでしょう。

  • 2006/07/30(日) 10:41:34 |
  • URL |
  • ケイ@管理人 #-
  • [編集]

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